下らないなら抱く。

よろしくしろよ。

もう10月って知ってました?

 2017年も10月になってしまった。
 僕は昨年の末に「2017年はとっとと就活終わらせてブログの記事を量産するぞ」と意気込んでいたはずだ。……今年はいくつ記事を書いたっけ。ブログを確認する。

 一番新しい記事は……、昨年末の記事だ。マジ? 「時代」が来ないと行動できない性分なのは十分に理解しているつもりだけれど、この下書きの山に対して投稿した記事が一つもないとは、なんとも……
 というわけで、最近Twitterへの登場頻度も明確に落ちていることもあり、今回は近況報告をしようと思う。

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 2016年のテーマは『復活』と『漸進』だった。久しぶりの同人誌制作、『伝道師になろう』などイベントへの参加、Twitterで出会った多くの人と直接の会合、などなど……
 目標も果たしたし、貴重な経験や出会いが目白押しだったから――有意義であったのは間違いない。2016年の経験がなければ就職活動は間違いなく失敗していたとすら思う。でも……圧倒的に……遊びすぎだった。

 一人暮らしの生活は破壊の一途をたどっていた。生活費で東京に行き、アルバイトや研究に充てる時間でニコニコメドレーを研究していた。いっぽう"やらなければならないこと"の進捗は、一年間でゼロに近い状態だった。

 

 2017年。起こったこと、起こしたこと、起きたことを時系列順に挙げてみる。
 1月から6月。食費がなくなってゲテモノの焼きそばを食べる。無の進捗から学会発表を練成。彼女と別れる。就職活動を始める。本当に資金がなくなったので一人暮らしを終了して実家に帰る。内々定が出る。バイトに落ち続ける。
 この時点で結構ネガティブな感じだけれど、なんとか生きていた。幸運にも就職活動が楽しかったこと、内々定がちゃんと出たことが大きい。東京に気合で通っていたので、まだ2016年の楽しい活動の延長線上だった、のかもしれない。就職活動の話はまた改めてしたい。

 それで、東京の某ゲーム会社に就職が決まったぼくは、当然新年度は東京に一人暮らしをすることが確定していた。すると親は「初月分の家賃と生活費ぐらいは自分で出しなさいよ」と言うのだった。……考えてみると当然のことだった。
 両親はぼくに奨学金を借りさせずに院まで通わせてくれたり、一人暮らしをしていた時代は生活費として多大な補助を毎月くれたりしていた。本当に感謝しているつもりだったが、こう言われて突き刺さってしまうのは、やはり大きな甘えがあり、経済的に助けてもらえて当然だという意識があったのだなあ、と思う。
 ともかくバイトをすることが必要になった。全財産はほとんどゼロだったから、短期や日雇いを繰り返すのは目標金額を考えると(6月にまでなってしまっていたし)現実的でなかった。

 で、バイトに落ちまくっていた。明確にブラックだとわかって面接から身を引いたところもあったが、基本的には履歴書を送ったり面接をしたりして、不採用の知らせを聞いてきた。中でも、元素が全部言えるのに科学館のミュージアムショップに落ちたり、妹が働いているのにドラッグストアに落ちたりしたのは精神的にかなりきつかった。「翌3月までしか働けないんじゃあ……」という点が不採用の原因であると自分では思っているが、実際のところはどうなのだろう。就活よりもバイト見つけるほうが難しい、って感じだった。
 あと、このころから研究は本当に滞っていた。幸い研究室がドホワイトだったから、就職活動中はそれに専念することを許されていたし、忙しいからと研究室に顔を出さなくても咎められることはなかった。……9月中旬までは。

 

 7月~9月。就職活動でこれまでの人生をまとめ、そしてそのプレゼンテーションに本気を出していた代償は大きく、完全に燃え尽きてしまっていた。そんな中アルバイトがまったく決まらず、気分はどん底に近づいてきていた。研究に戻る精神力は持ち合わせていなかった。唯一の救いは、サークルや周囲のすばらしい人間たちと接することで、人間の形を保てることだった。交友関係はちゃんと広がり、また深くなっていた。
 広がり、また深くなっていたのは、闇もそうだった。最大の難関である就職活動を成功させたから、あとは適当にバイトをして、やりたい研究を進めて結果を出せば、あとは4月まで何もしなくていい――そんなイージーモードのはずだったのに、めちゃくちゃな焦りと、この成り行きを選んだことに対する自己嫌悪であふれるようになっていた。そして、9月末には修士論文の中間発表を控えていた。

 9月7日。研究室の教授から、教務を担当している教授へのメールが、Ccとして自分に送られてくる。

「(ぼくが最近研究室に来ていないことを受けて、)中間発表のエントリーは一応申請しておくが、無断で中間発表をサボるかもしれない。今の状態だと中間発表ができるような進捗が出ているとは思えない。中間発表ができなかったら今年の修了は取りやめにして、よりモチベーションのあがる研究ができる研究室へ異動させたい」

 要約するとこんな内容だった。

 やばい。端的にそう思うより早く、手が教授へのメールを打ち始めていた。
 火事場の馬鹿力的なものなのか、帳尻合わせだけはやろうとする自分の悪い癖なのか、久しぶりに頭がよく回っていた。このブログ記事のさっきまでの内容みたいなことをもうちょっと硬くまとめて現状を伝え、中間発表はやります、やれるだけのことをやらせてください、というメールを送った。
 「精神的にきつかったことを正直に言う」、「(進捗が出ないときに教授に相談しなかったことなど)非を認める」、「やれることを尽くして中間発表を遂行する」など……、これらの『更生するための用件』を成立させ、研究室にも顔を出した。

 結局、9月末の中間発表は無事に終わった。教授はもともと話せばわかる人だった。自分よりもひどい状態から無事に卒業した人間が何人もいる研究室だったから、心のどこかでは大丈夫だと思っていたかもしれない。
 研究に関しては「何とかなりそうだ」と思っているところに、あらたな問題が発生した。

 

 9月中旬、中間発表の準備に喘ぎながら、アルバイトが決まった。最寄り駅近くのコンビニで働くことになった。
 しかし、「結構な額を稼ぎたいこと」「もうバイトに落ちたくないと強く思っていたこと」「研究室の出席形態は融通が利くこと」などが全て悪いほうに組み合わさってしまったのだった。
 これ以上面接に落ちたくなくて、一般的にアルバイトとしての人気が低いコンビニを選んだだけではなく、採用されやすくなるだろうと「論文を読むことが多くて家でも研究ができるんです。時間に融通が利くからきっとたくさんバイトに入れますよ」と喧伝してしまった。コンビニの夜勤の忙しさは店舗や地域によってまちまちだろうと思うが、勤務時間中ずっとせわしなく22時~6時まで拘束されるようなバイトが、今週も週4で入っている。研究室にも継続的に出席するようにしたので「夜勤明けでそのまま2時間移動して大学に向かう日」などもあり、めちゃくちゃ後悔している。

 

 10月になった。4月までの課題は研究と金策であり、進捗は少しずつ出て、相当量のアルバイトをしている状態……であるが、何かが間違っている気がする……
 この先どうなるかはわからないが、「なるようになる」でなるようにしてきたから、きっと元気に4月を迎えるのだろう、とは思う。(でも、帳尻合わせができるからといって一時的に自分からとんでもない苦境に立つのはマジでやめたほうがいいと思う)一つだけ言えることとして、あさって10/8は誕生日だが、7日も8日もバイトなので、誕生日を迎えた瞬間にはたぶん冷蔵庫の中でドリンクの補充をしているだろうし、誕生日当日の夜にはレジを打っているだろう、ということだけは確かっぽい。

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 ぼくは自虐ネタが好きではない。もともと攻撃的なユーモアというのが人よりも心苦しく感じやすいタイプではあるのだが、自虐ネタは発言者自身を攻撃して成り立っているように思えるからである。
 でも最近、こうしてごみを不法投棄するように自分語りをするぐらいだったら、笑いのひとつにでも昇華させたほうが遥かに衛生的でよいのではないか、と感じ始めている。他人の価値観を肯定するポリシーと同様に、自分の価値観も強く肯定するように生きてきたのに……、ダークな気持ちだ。

 

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 思いっきり書いたらけっこう気が済んだ。
 文体を意識せずに書いたので、普段文体模写のことを考えている自分自身の文体が採取できると、前向きな気持ちでこの文章を振り返る予定もできた。
 眠い。今日も夜勤明けで、研究室でこのブログ記事を書いている。睡魔に勝ち、進捗を得て、筆も乗ったが、果たしてこんな生活をしていていいのかどうかはぜんぜんわからないままだ。でも生きるよ。