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ニコニコメドレーの「論点」 vol.1 【立場】

ニコニコメドレー ニコニコメドレーの「論点」

きっかんです。
[近況報告] 大学を卒業しました。春休みとはなんだったのか! というぐらい、3月も生活に変化はありませんでしたね……。


 さて、今日からニコニコメドレーについての連載を始めていきます。のろのろ書くので長くなるかもしれませんが(ちなみに今日の記事自体は短めです)、お付き合いいただけると嬉しいです。
 今回は、連載の方向性を提示しつつ、テーマの一つである「立場」の話をします。

自分、この連載の「立場」

 まずは前置きから。

 みなさんは、今の「ニコニコメドレーを取り巻く環境のいい点、悪い点」をどのように考えていますか。「最近、再生数を大きく伸ばす動画がいくつか出てきた」とか、「選曲が難しい」とか、いろいろな回答が挙げられると思います。中には、「コメントの内容が云々」というのも挙げられるかもしれません。

 それでは、それらの考えは、どんな「立場」によるものなのでしょうか。
 一作者、一試聴者の意見や思いであることは間違いないと思います。でも、作者(視聴者)として、どんな基準でいい点(悪い点)だと思うのか、というのは人によって全然違うのではないでしょうか。

 自分は、かねてからTwitterなどで、「ニコニコメドレーの良さはいろいろな方向から考えることができる」と主張してきました。もっと根本的に言うと、「ニコニコメドレーって何?」という問いに対して、答えは無限にある、と考えているわけです。

 Twitter2chのニコニコメドレー総合スレにおいて、延々(最近はあまり見ませんが)続いてきた「ニコニコメドレーの定義」問題。それに答えが出ないのはなぜか、ずっと考えています。その大きな理由の一つとして、ニコニコメドレーが「1通りにしか解釈できないようなものではない」という重大な性質を持ち、いろいろな捉え方をなされて語られている、という点が挙げられるのではないか。自分はそう考えています。

 前置きが長くなりました。自分やこの連載の「立場」は、「ニコニコメドレーの捉え方を提示する立場」です。メタ的に表現するなら、「ニコニコメドレーに対する立場を明確にする立場」と言えるかもしれません。

 ニコニコメドレーがいろいろな文脈で語られている現状を整理し、まとめることで、ニコニコメドレーについて語りやすい土壌を作りたい。ニコニコメドレーをいろいろな視点から見られるようにして、製作や鑑賞に新たな選択肢を加えたい。いろいろな人が持っているニコニコメドレーの様々な魅力を把握し、共有したい。そのように考えています。

じゃあ連載で何するの?

 ニコニコメドレーの連載でありながら、音楽的な指南をしたり、作り方に対して助言を行ったり、投稿されたニコニコメドレーについてコメントを残したりする、というようなことは、積極的には行わないつもりです。では何を書いていくのか。
 例えば、先日頒布された「ニコニコメドレーレビュー本」では、数人のレビュワーがそれぞれ全く違う切り口・採点基準でニコニコメドレーのレビューを行っていました。それは具体的にどのような視点なのかを、明確にしてみる。
 例えば、「ニコニコメドレーの系統」と題して、時系列順にニコニコメドレーを遡り、多くの作者(視聴者)に影響を与えた作品について考察する。どんな価値観が重要視されていたかについて考える。
 このような記事を投稿していきます。読者のみなさんに、ニコニコメドレーの「新しい価値観」を与えたり、ニコニコメドレーの味わい方について考えてもらうきっかけになったりすれば、自分は幸せです。

次回予告

 さて、ここまで具体的な話をほとんどしないで次回予告になってしまいました(書く時間をあまり用意できなかったのもあるのですが)。
 次回は、ニコニコメドレーにおける「選曲」について書いていきます(予定は変更になる場合があります)。「曲に対する思い入れは必要か?」「前後、構成の中にその曲が活きるか?」などを、いろいろな立場から考えます。

 それでは、この論点が道しるべになることを祈って。失礼します。