意識高い系昔話『ブルー・オーシャン太郎』
むかしむかし、あるセグメントに、ワーク・ライフ・バランスを意識して未来への投資を続ける浦島太郎というノマドワーカーがいました。
ある日、浦島がコワーキングスペースを通りかかると、子どもたちがマクロなカメを捕まえていました。そばによって見てみると、子どもたちがみんなでカメをいじめています。
「お世話になっております。マクロなカメの件につきまして、かわいそうですので、逃がしてあげたほうがベターかと存じまして」
と、浦島は子どもたちにアプローチしました。対して、子どもたちは、
「お世話になっております。マクロなカメの件ですが、弊社が、やっとの思いで得たベネフィットでございます。どういった処遇にしようと、弊社マターではないかと考えています」と返答しました。
見るとカメは涙をハラハラとこぼしながら、浦島を見つめています。
浦島はバジェットを取り出すと、子どもたちにアセットを差し出して言いました。「ご返答ありがとうございます。それでは、弊社がこのアセットをペイしますので、そのカメをおじさんと契約させていただく、という落としどころはどうでしょうか」
「なるほど。それならアグリーします」
こうして浦島は、子どもたちをコンバージョンさせるネゴに成功しました。
「コアコンピタンスに問題はありませんでしたか。もう、捕まるようなオポチュニティがないようにしてください」と、ASAPでカメを海の中へ逃がしました。
さて、それから二、三日たったある月のイッピ、浦島が海に出かけて魚を釣っていると、「……浦島さん、……浦島さん」と、誰かが呼ぶ声がします。
「おや? 誰が呼んでいるのだろう」
すると、「わたしですよ」と、ひょっこりとカメが頭を出して言いました。
「お世話になっております。先日は助けていただいて、ありがとうございました」
「ああ、あの時のカメさん。ご無事なようで、フィードバックがあって安心しました」
「はい、おかげで命が助かりました。ところで浦島さんは、竜宮へ行った事がありますか?」
「竜宮ですか……、弊社ではまだナレッジ化されておりません、恐れ入ります」
「竜宮は海の底にございます。予定のほうをすり合わせて、竜宮にいらっしゃいませんか」
「海の底に行くのは、物理的に難しくはないのでしょうか。ファクトベースならばよいのですが」
「はい。ジャストアイデアですが、わたしがお連れしましょう。私の背中へ乗ってください。"潜れる化"しましょう」
カメは竜宮をプッシュする、グロースハッカーでした。
カメは会話のイニシアティブを握り、浦島とコンセンサスをとりました。
浦島を背中に乗せたカメは、海の中をずんずんともぐっていきました。
海の中にはまっ青な光が差し込み、昆布がユラユラとゆれ、サンゴベースの林がどこまでも続いています。鮮やかな景色は、パラダイムシフトが起きていました。
浦島は周りの景色を視野にいれつつ、カメにつかまっていると、やがて立派なご殿へ着きました。
「うまくドライブしました。このご殿が竜宮です。さあ、こちらへ」
カメに案内されるまま進んでいくと、この竜宮のエグゼクティブの乙姫が、クラウドソーシングの魚たちと一緒に浦島を出迎えてくれました。
「ようこそ、浦島さん。わたしは、CEOの乙姫です。このあいだはうちのプロパーであるカメを助けてくださって、ありがとうございます。成功フィーといってはいやらしい話になりますが、竜宮をご案内します。どうぞ、アジャイルに直帰するなんて言わずに、ゆっくりしていってくださいね」
浦島は、竜宮の広間ヘ案内されました。用意された席に座ると、魚たちが次から次へと素晴らしいローンチを運んできます。
ふんわりとモチベーションを上げる音楽が流れて、ポリバレントプレーヤーたちの、それは見事な踊りが続きます。
コストリダクションもアジェンダになっておらず、ここはまるで、天国のようです。
そして、「もう一日、ペンディングしてください。もう一日、リスケしてください」と、乙姫さまに言われるまま竜宮で過ごすうちに、三年の月日がたってしまいました。
浦島は、家族やアライアンスをオミットしたことが、ボトルネックになっていました。
そこで浦島は、ディシジョンして、乙姫さまに言いました。
「乙姫さま、今までありがとうございます。ですが、もうそろそろ家へ帰らせていただきます」
「帰られるのですか? よろしければ、このままインタラクティブなコミュニケーションを続けては?」
「いいえ、わたしをフォローする者もおりますので」
すると乙姫さまは、さびしそうに言いました。
「……リバイズされる気はないのですね。それはおなごりおしいです。では、おみやげに玉手箱を差し上げましょう」
「玉手箱?」
「はい。この箱には浦島さんが竜宮で過ごされた『時』が入っております。ただし、この箱を一度開けてしまうと、今までの『時』が戻って、ドラスティックな変化が起きてしまいますので、マストで開けてはなりませんよ」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
乙姫さまと別れた浦島は、またカメに送られて、直帰しました。
地上に戻った浦島は、まわりを見回して驚きました。
「わずか三年でずいぶんと様子が変わったな。環境の変化にフレキシブルに対応しているのだなあ」
浦島が釣りをしていた場所も、イメージとのキャズムがありました。
浦島の家はどこにも見当たりませんし、出会う人も知らない人ばかりです。
「私の家はどうなったのだろう。デファクトスタンダードに大きな変化があったのだろうか、みんなバタバタしているだけなのだろうか
……すみません。浦島の家を知りませんか」
浦島が一人の老人に尋ねると、老人は少し首をかしげて言いました。
「浦島という人なら七百年ほど前に海に出たきり、帰らないそうですよ」
浦島は大変驚きました。竜宮での三年はこの世の七百年にあたるのでしょうか。
「家族もアライアンスも、みんな死んでしまったのか……リスクヘッジやPDCAサイクルをしっかりしておけばよかった」
がっくりとモチベーションを落とした浦島の目に、玉手箱が入りました。
「先方の乙姫さまによると、この玉手箱には『時』を戻すポテンシャルがあるらしい。これを開ければ、自分が暮らしていた時に戻れるのではないか」
そう思った浦島は、開けてはいけないと言われた玉手箱のほうを、開けてしまいました。
玉手箱の中から、真っ白の煙が出てきました。
「これは……イノベーションだ」
煙の中には、竜宮や乙姫さまの姿が映りました。楽しかった三年間が次々と"見える化"されていきます。
「ああ、私は先方の竜宮へと戻ってきたんだ」
浦島は喜びました。
しかし、玉手箱の煙は次第に薄れていきました。
その場に残ったのは、髪も髭も真っ白の、よぼよぼのM3層になった浦島だったのです。